転換点

記録ではなく記憶を吐き出すブログ

強く、弱い君達へ (未完結版)

完結版はこちら

 

この物語はフィクションです。実在する人物や団体とは一切関係ありません。またこの物語の無断転載はおやめください。

 

/ 過剰な保護は刃物になる

 

世の中には特殊な能力を持つものがいる。彼らはその特出した能力が元で人々から恐れられ、蔑まれてきた。
ただし、世界的に活動しているものがそうである場合、また態度は変わってくる。
その場合世間はそれを「才能」と呼ぶ。
 
才能自体は磨かなければ凡俗なものになり、次第に一般人として世間に溶け込んでいけるようになる。
逆に才能を磨き続けていくと世間からは冷たい目を浴びることになり、世間に溶け込んでいくことは難しくなる。
 
籠谷 夏南(かごや かなん)は女子高生だったが、性に囚われる様な考え方をする事は少なく正義感が強かったため、いじめ…特に性に関するいじめを嫌っていた。
しかしそれが逆に彼女自身を虐めようと考える者を生み出すきっかけになってしまった。 彼女は激しいいじめの末、首を吊って死亡した。遺書にはごめんなさい。と一言だけ書いてあったという。
また、篠根 敦夫(しのね あつお)は非常に強い共感性を持っており、自分の周囲の考えや気分を大まかに読み取ることができた。
しかし彼はその能力が仇となり、最終的にネガティブな感情だけ強く読み取るようになってしまった。
こういった特出した能力を持つものの精神が激しく崩壊していくことは珍しくなく、政府は彼らを対象に厚い福利厚生を施したが、結果としてこれが裏目に出てしまい、彼らを税金の無駄遣いだと罵ったり、強く突き放すような風潮が世間的にできてしまった。
そこで政府はいっその事、別の国にしてしまおうという考えを起こした。しかしそれは刑務所に入れられるのと同じような行為であることを理解できていない行為であることに気づいていなかった様だ。
(…故にいまこうして問題が起きているのだから)とその国の広報係になった新田雅士(にった まさし)は頭の中でつぶやいていた。
そもそも、そういう特出した能力を持つ者の中にもレベルがある。
同じ能力でも、例えば考えや気分を読み取るにしたって正確性や、範囲等が大きく異なる。それなのに一緒くたにしてしまうのだから、たちが悪い。
「まあそうはいってもお上の意向じゃしょうがねえな」と呟いた後、わかっていることを今知ったかのように深く考え込むのだった。
差別者ばかりのお上か… と。
 

/ 仮想国家の代表者

 
新田雅士は、とある友人に連絡をした。
 
その友人は、例の国のいわゆる代表者をしている。仮想国家だからといって仕事が少ないかといえばそういうわけではなく、仕事量としては普通の国の首長と変わらないだろう。
 
友人の名前は、茂永 理砂(しげなが りさ)。
新田とは高校生の時から友人だ。彼らが高校生の時は先述した特殊な能力を持つ者たちへの差別が今よりも厳しい世の中だった。
二人はその差別に対する基本的な考えで同調し、同じ専門学校に進み今に至る。
 
「当時はもっとマシだと思ったんだけどなあ…」
新田は仮想国家を高い建物から見下ろし決して話しかけているのではないだろう声量でつぶやいた。
「こればっかりはしょうがないよ。政府の意向じゃ逆らうのは厳しい」
二人はとっくにわかっている事象で頭を悩ませていた。
 
話が終わった後、電話が鳴った。
彼女が電話を取ると、彼女の顔や態度から相当困ったことが起きているであろうことがわかった。
 
新田が
「どうした。何か面倒事が起きているようだけど」
と聞くが、
 
茂永は
「大丈夫。そもそも貴方は日本側からの使者扱いだからこの国に直接介入できないし」
と返した。
 
それはそうだが…と新田は答える。茂永は気にしないでいつもの事だから…と意味深長な発言をし、移動していった。
茂永は大丈夫と答えたが、実際茂永は中間管理職のような立場にある。
 
仮想国家の首長ではあるが、日本政府からの政策に意見を言えず直接従うしかない。そしてまたその下の位置に仮想国家の国民たちが存在している。
仮想国家の国民たちには人権がない。これは通説的な話ではあるが、実際仮想国家の国民になるときにそうとも取れる書面にサインを交わすことになるためあながち間違っているとも言えない。
それ故に子供等を仮想国家の国民にしたくない親は仮想国家に入れるのを断固として反対する。しかし、彼らの世間からの目線は冷たい。
そこでそういったイメージやそれらに関連するイメージを取り除くために新田は政府に直談判して広報課を作ってもらった。
しかし、その内情としては厳しいもので、情報統制が引かれ殆ど情報を明らかにすることができない。
その割に責任ばかり負わされているのだった。
しかし、新田としては責任を取らされること自体はそんなに嫌ではなかった。それよりも悪いイメージが払拭できないことを悔やんでいる。

/ 強制された者

 

仮想国家に入ることになった者の中には本人は是としていないことも多い。彼らはその殆どが強制されているからだ。
 
だが、そうは言ってももし仮に私が同じ状況になったとして私もおなじようなことを思っているだろう。と茂永理砂は感じた。
 
 
問題行動が目立つのは彼だけではない。その度にいちいち国の首長である茂永が現地に赴いているわけはない。
 
そんなことをしていては国全体のレベルに関わるからだ。そして今、茂永が現地に向かうのはある意味で異質と言える。
 
 
有瀬 泰平(ありせ たいへい)は仮想国家の首長である茂永や日本政府に対し、反対的な意見を持っている。
 
 
有瀬は住民といつも一悶着起こしている。
 
今回もそうだろう。だから首長である茂永が直接頭を下げればどうにかなるだろう。
 
事情を知る関係者は皆そう思っていた。しかし、違った。
 
俯いていた彼は突然茂永に拳銃を突きつけた。
 
呆然とする関係者に対して
 
「拳銃を捨てろ。さもないとこいつを殺す!」と有瀬は叫んだ。
 
ーーーー
 
なぜ、こうなったのだろう。
 
私は躓きながらも失敗しながらもこの国の人間とうまくやっていた筈だった。
 
確かに納得行かないことも多い。しかし認知することでいずれそれも消えていくだろうとそう思っていた。
 
新田くんと会話していた時に掛かってきた電話がカギになってしまった。"彼"はろくな説明をしてもらえなかった。だからこそ反抗したくなるのは当然よくわかる。だからしっかり説明しろとスタッフに命じ、スタッフもそうしてくれるとそう思っていた。
 
しかし、現実は違ったようだ。
 
“彼"は私を人質にとって叫ぶ。
 
「ぼさっとするな!はやく拳銃を捨てろ!この女が殺されてもいいのか!」
 
脅し文句としては幼稚で、本来の目的から逸脱して作られた凶器はボロが出始めている。 しかし、私を人質にとって脅すのには十分すぎた。
 
"彼"と争っていたと思った群衆もどうやら仲間だったらしい。
 
"彼"は捨てさせた拳銃を拾うと移動手段を用意させ、逃亡した。私を連れたまま。勿論"それ"は脅しとしての効果しかなく、そこに首長という立場は存在しなかった。

/ 若き者達

 

茂永理沙は拉致された。
勿論現状の扱いに納得の行かない者達が、現状を変えるために行ったというだけのことである。それ以下ではないし逆にそれ以上でもない。
だが、彼らの茂永に対する態度はそこまで悪いわけではなかった。茂永から緊張感が抜けるくらいには目立った反骨精神は見受けられなかった。しかしふとした瞬間に起こす動作から茂永は彼らが自分達の立場のために自分が拉致されたのだと再確認することができた。
 
ーーーー
 
私は茂永理沙。仮想国家の首長で、できるだけ彼らの意思を尊重できるように動いてきたつもりだった。
しかし、結果的には日本政府の要望のすべてを受け入れることになってしまった。 有瀬泰平率いる暴動グループはそれが気に入らなかったらしく私は彼らに拉致されることになってしまった。
だけど、彼らもこの手段を良しとできるほど蛮族ではないようだ。
私は連絡手段を奪われてしまったため、日本政府がどう動くのか。それはわからない。しかし私にとって一番苦痛なのは彼らが感じているであろう想いや、彼らの主張を日本政府と掛け合う事ができないということだ。
さっきも言ったように、私は彼らの主張をできるだけ日本政府に伝えたつもりだった。できるだけ。
だけど私はどこかで驕っていた。彼らが反骨してくることはないだろうと。
その慢心が今回のことを引き起こしたのだ。それなのに彼らは私に対して蛮族の様な扱いをしているわけではない。
今後の体裁を気にしてかもしれない。世間の注目を集めるために人質としての私を生かしているのかもしれない。
しかし、仮想国家の住民達は世間から良いイメージを持たれていない。仮にそうだったとしてももう少し時間がかかるはずだ。彼らの真意はわからないが、仮想国家という"特別扱い"ではなく、普通に一般人として扱ってほしいというのが本心のはずだ。
それを本当の真意だとするなら今回の件はおかしいということになる。
一般人として扱ってもらうために暴動を起こすと言うのはそこまでおかしい話ではない。ある程度は筋が通っている。しかし、世間から彼らがそんなに悪い人間じゃないと思ってもらうために私に酷い扱いをしないのだとすればそもそも暴動を起こすこと自体が間違っている。幾ら特別扱いを受けているとはいえ、彼らも日本国内と連絡を取ることができる。知人・友人に今の状況を伝え、メディアなどで扇情を煽ることで事態を好転されることができるだろう。
しかし、それをしない。しなかった。何かがおかしい。

/ 嵐の前の静寂

 

非日常は突然に訪れた。 茂永が暴徒達に連行された。
 
ありえない話ではなかった。新田はいずれ起こることだったのだろうと思った。
 
彼らは感情を力によって抑制させられていたのだ。 自分がその立場だったら間違いなく反発するだろう。
 
しかし、国に対して懐疑心を抱くあまり、一番大事な国民達に対して何ができるかという思考を、考えることをやめてしまっていた。
 
いや、所詮は言い訳だ。何も解決しない。
 
正直、ありえないと思っていた。なぜならクーデターを起こせるような材料は削られていた。
 
それらは徹底されており、刃物など危険性のある物は鍵がかかった場所に保管されていた。
 
食器等も特別に作られており危険性はなく、刃物を使う作業の場合は監視の目があった。
 
それでも、ただ一つの穴があったのだ。
 
ある時、ものづくりの一環で導入された3Dプリンター。 もちろん家庭用の物で凶器など作れないはずだった。 出来ても強度が足りない…。
 
だが、裏を返せばその瞬間だけでも形を保てればいい。 そうなれば話も変わってくる。彼らの目的はあくまでも脅しだ。 その用途には事足りてしまった。
 
そもそも3Dプリンター自体搬入できるか怪しかった。
 
企業から提供された物で、搬入しないほうがいいだろうという話もあったが、企業側がこの程度なら凶器は作れないと断定したのだ。
 
もし凶器が3Dプリンターで作ったものだと知れたら、もし彼らが押し切ったことが露呈したら彼らの会社の株が大幅に下がることは間違いないだろう。
 
しかし、それよりも今は現在起きてしまった、事件について考えなければいけない。
 
彼らは牙を抜かれた獣と一緒で反発する意思など存在しない。 今まで強引に抑えられていた。 これからもないだろうと考えられていた。
 
そんな考えとは裏腹に、静かに燃える復讐の炎があったのだ。 そして日本側と俺らはその前兆を見過ごしたということだ。
 
 
「これだけ日本政府を恨んだことは久しぶりだ」
 
怒りを抑えきれず、頭の中で叫んだ。
 
 
そう考えてももう一人の自分は自分を追い詰める。日本政府が彼らに対していいイメージを持っていないことは明らかだった。いずれこうなるだろうとわかっていたのに自分は何もしなかった。自分のことは棚に上げ、他人ばかり責めるのかと。
 
 
日本政府は茂永が人質として取られたことをきっかけに武装を始めた。きっと関係者の中には彼らをよく思わない者もいたのだろう。手回しが異常に早かった。
 
 
こうして戦争が始まってしまった。誰も望まないはずの戦争が。

/ 開戦

 

俺らが首長である茂永理沙をさらってから一週間が経った頃、情報源として設置してあるポケットラジオから、現在俺らがいる場所へ進行してくるニュースが流れてきた。
 
 
それから数分後、監視役の仲間から戦車や、戦闘用ヘリなどがぞろぞろと進行してきている旨の連絡を受けた。
 
俺は仲間に戦闘準備を告げた。この時のために武器は準備してある。俺らの仲間は仮想国の人間だけではない。かろうじて強制とも言える仮想国への移住を断り、海外へ逃げ延びた者たちもここに含まれる。主に彼らが武器の調達に一役買っていた。
 
 
俺は人質"だった"茂永理沙に近寄り、こう話した。
 
「あなたは元々人質として誘拐しました。しかし、日本政府側に交渉の余地がないこと、そして彼らの戦闘機などが進行してきていることからあなたは開放します」
 
 
俺もできれば平和的な対話でことを済ませたかった。が、こうなってしまった以上戦うしかない。勝ち目はないが仲間もそれは承知だ。
 
「私達は、あなた達の武力的弾圧に歯向かうために戦います。あなたにはこの場面を永遠に忘れさせない。そうすれば精神的苦痛になり、二度とこのような目に合う同胞もいなくなる」
 
 
実際、拉致した当初はそうは思っていなかった。
 
俺らの主張が通り、戦争になることはないだろうと。しかしニュースの内容が過激になっていくにつれ自分が如何に甘い考えだったか思い知らされた。
 
 
しかし勝つ見込みのない戦争でも、俺らが大敗を喫することになれば、この世界に衝撃を与えることになる。マスコミなんかも今度こそは黙っておらず過激に報道されるだろう。そう考えていると、意外な罵声が飛んだ。
 
 
「甘いこと言ってるんじゃないわよ!!」
 
 
俺が驚いて目を丸くしている間にも言葉は続く。
 
 
「本来は、保護を受ける段階にある人間に何を言われても響かない!そりゃ、特別な才能を持った反面人から遠ざけられてきた。そのために人から理解されず苦しい思いをしたことも一度や二度じゃないはず」
 
 
「だけど、それでも、あなた達がやってることは間違ってる。いくら世間がモンスターペアレンツみたいな扱いをしてきたとしても彼らと同じようなことをしてしまっては、ミイラ取りがミイラになるだけ」
 
 
「もしかしたらあなたはこの戦争で大敗を喫することが世間の注目の的になることにつながるかもしれないと思っているかもしれないけど、それはあなた自身が失策だと気づいているんじゃないの」
 
 
図星だった。
 
実際に、以前あるツテである新聞局にこのことを記事にしてくれと頼んだことがある。
 
しかし、まともに相手にされず門前払いだった。ならばと今回は大掛かりな策を設けて実行したのだ。
 
 
「あなたがどんな手順で世間の注目の的になると考えているか。そこまではわからない。でもマスコミはあなたが期待しているような報道はしないでしょう。前提条件としてあなた達が絶対的悪役と決めつけてから話を進める。良くて同情を買うだけ、最悪でも悪役だしと納得される」
 
 
「世間はそこまで深く考えない。でも当たり前。彼らには彼らの正義があり、対立する正義は悪になる。でもあなたの。あなた達の思いが少しでも伝われば世間の意識も少しずつ変わってくる」
 
 
「だけど俺らはもう善良な道には戻れない」
 
 
「それは努力をしないことを正当化する言い訳に過ぎない」
 
 
 
俺は言葉もなかった。
 
今までこんなにムキになるほど真剣に語ってくれる人がいなかったからか?
 
違う。
 
今までこんなに真剣に俺を、俺らを思ってくれる人がいなかったからか?
 
違う。
 
 
単純にこんなにはっきり論破されたことがなかったからだ。
 
実際リーダーシップなんて俺にはない。
 
頭がいいからとトップに押し上げられることが昔から多く、俺もそれを受け入れそれに応えようと有頂天になっていた。
 
その時に、ある言葉を聞いてしまった。 それ以降、周りとは溝ができてしまった。
 
めんどくさいやつを都合よく操れる場所に追い上げられただけだったのだ。
 
 
まともに理論なんかかわせなかった。
 
どうなっても正論なんか返ってこなかった。返ってくるのは論点をすり替えた論破に似た攻撃的な言葉だけ。
 
いつしか俺は返事を聞かなくなった。どうせ聞いても内容などない。俺を攻撃したいだけの言葉に過ぎない。
 
誰でもそう。環境が変わってもそう。
 
仮想国に移ってからこそ多少口をきくようにはなったが、それも仲間内だけだった。
 
それを今の言葉で見透かされたような気がした。
 
 
戦争自体は始まろうとしているが、俺はかけてみることにした。
 
首長である茂永理沙という女性に。
 

/ 似た境遇

 

幼い頃から天才だとか秀才と言われる人間が嫌いだった。
 
天才と言われる人間はどこか他人を見下している風潮があり、自分も例にもれずその対象となった。
 
そんな人間になるくらいならば馬鹿のままでいいと。強がりを言って馬鹿を装っていた。
 
世の中そんな人間は多くなくむしろ少数だと薄々気づき始めたのは高校生になってからだ。
 
それでもなお天才は皆、心の底で俺の事を見下しているのだと思い込んでいた。
 
いずれ高校を卒業するときになると、自分は大衆の中で下の中なんだと気づいた。
 
馬鹿な俺は天才が嫌いだった。それはただの嫉妬だった。
 
自分は本当はあんな奴らよりも頭が良いと思い込み、今の姿は周りに思い込ませるためのフェイクだと本気で考えていた。
 
しかし現実は違う。世間は現実を俺に突きつける。自分の我儘と認識不足に気づいたとき俺は現実逃避をしたくなった。
 
大学には学生が本当に大学に通う気があるのか、記載されている住所に住んでいるか。などを確かめる部署がある。
 
多分俺も例にもれず確認対象者に含まれていたのだろう。まあそりゃそうだ。
 
せっかく進学した大学にも行かず、一日を無駄に過ごすことが続いたある日。
 
彼女は現れた。
 
それは、家には家族の目があり、そのままいるのもはばかられ、しかし他に行くところがなく公園のベンチに腰掛けて下を向いていたときだ。
 
ふいに視界が暗くなった。それも急に夜になったなどの暗さではない。もっと明るい暗さだ。
 
目線を上げると、彼女と目が合った。
 
彼女は目線が合ったことに気づくとにっこり笑った。その笑顔を悲観的に感じた俺は気のない返事を返してしまった。
 
「なんか、よ、ようですか」

/ 無意識の善意

 

ラノベや漫画なんかによくある表現だが人は長いこと外界と接しないと言葉がでなくなる。それはどうせ偽物、誇張した表現だろうと思っていたのだが、少なくとも自分においては違ったようだ。実の親に対してはもっと強く出れる癖におかしな話だ。
 
気のない返事を向けられた彼女は一瞬戸惑いつつもすぐに笑顔に戻る。
 
「隣、いいかな?」
 
勿論断れる勇気もなく、渋々隣に座ることを許可した俺はしばらくして後悔した。しかし今更離れろと言う勇気は俺にはなかったし、彼女が話し始めてしまったので断れなかった。あまりに近く肩が当たる距離でも。
 
「私、君のことを知っていると思うんだ」
「まあこれで外れてたらこんなに見ず知らずの人に近づいて恥ずかしいけど」
 
俺は彼女が誰かは知らない、しかし彼女は俺が誰か知っているかもしれないという。
まあでも今の状態ならまだ見ず知らずになるのかな…?などと言っている彼女に俺は一言
 
「どちら様でしょう?」
 
飾り言葉も何もない不躾な言葉だが、お前だれなどと言わなかっただけまだ褒めてほしい…
 
「えぇっと茂永 理沙で… って言ってもわかるわけないか。あれから少なくとも6年は経ってるわけだし」
 
俺は嫌な予想をした。6年以上前から俺を知っているが俺は知らない。加えてあれだけ明るい笑顔ができる…そうなると俺の事をよくおもっているはずがない。
そう思い、茂永と名乗る彼女を見ていた。よほど怪訝な顔をしていたのだろう。自分でもその自覚はあった。
 
「やっぱり他人の空似なのかな…?」
「君って、新田くんじゃないの?新田雅士くん」
 
「いやまあそうですけど…」
 
あなたのような人は覚えてないです。言いかけた言葉は飲まれてしまった。今だから言えることだが多分彼女だけでなく誰も覚えてなかったと思う。彼女以外は今でも。
 
「私、同じ中学校に通ってたんだけどあんまり通学してなかったからそれもそうか」
 
不登校だと目立つと思われがちではあるが、実際のところは目立ちはするが次第に忘れられ存在自体が認知されなくなるというのが現実的なオチである。俺もそうだったからこれは間違いないと思う。
しかし、彼女を覚えてない理由はわかったが、"俺を覚えている理由"がわからない。
 
「俺を、なぜ?」
 
まともに会話していない俺はただでさえ言葉が出にくい上に隣に、すぐ隣に不慣れな異性がいるとなってはもう満足に喋れない。
 
「そうだね…」
 
彼女は俺に対して憧れの目を抱いていたらしい。ただの馬鹿に。
なぜそうなったのかは、前述のような幼稚な考えもあるが、もう一つ。
 
「君が私をかばってくれたから」
 
俺はもう中学というと今では自分も周りも含め嫌な思い出しかないが、俺はいいことも少しはしていたらしい。全く覚えていないというのがネックだが。
聞けば彼女は登校開始から数ヶ月程度で不登校になったらしい。しかし影では彼女のことを悪く言うものも大勢いた。勿論先生などの前ではそんな素振りは見せなかったが、そもそも先生も気づいていたのだろう。彼女に転校を勧めていた。そもそも不登校になるには本人にも問題がある場合もあるが大半は周りにも問題がある。適正の問題もある。その先生の判断は妥当と言えるだろう。
 
そして彼女は転校することにした。転校する手続きを行うために学校を訪れたとき事件は起きた。
 
「あっ!サボり魔が来たぞ!」「やっと授業を受ける気になったのか…?」「もう遅いけどな?」
 
声こそ大きくないものの本人には十分なほど聞こえる声量。いわゆるヒソヒソ声というやつだ。
もちろん彼女は気分を悪くした。しかし不登校になるくらいだ、面と向かって反論もできずに下を向いているとそこに俺が現れ、
 
「くだらね…これだから天才は」
 
と、こぼしたという。
 
たちまち、周りからは非難の声が上がるが俺はどうにも思わずむしろ彼らを糾弾して場は収まった…というのが彼女の主張だった。
正直言ってそんな青春な思い出はないし俺はどちらかというと裏でコソコソしているタイプだ。
覚えがないと伝えるも。
 
「まあ、それならそれで違和感なくいじめをノックアウトできるということだよ」と。
 
いまにして思えば自分が正義だと思い込んでいるからこそできた代物だろうと思う。それだけ俺は馬鹿だったのだ。
少し恥ずかしい。
 
しかし、話は現在の俺に戻る。
 
「でね私今、雷姜大学に通ってるの」
俺は驚くと同時に言いたいことがなんとなくわかり、げんなりする。
 
「その様子だと察しがついてるんだと思うけど今の君は…そのあまり良くないと思うよ」
 
そんなことはわかっている。
 
「それはわかってる」
 
わかっているのかわかっていないのか傷をえぐる彼女は言う。
 
「いやわかってないね。いじめを糾弾できるほどの君がただ腐っているはずがない」
 
「あれは、ただの自己満足で…」
 
「自己満足でも私は救われた。その事実は変わらない」
 
そこで少し考え
 
「…でも確かに君からすれば自己満足なのかもしれない」
 
そうだ俺はそんなに大した人間じゃない。そう言いかけたところで一言。
 
「でも今の君自身もそうでしょ?」
 
「え?」
 
「今の君は君自身からすれば大した人物じゃないと思っているかもしれないけど、私からすれば英雄だしある意味で命の恩人なんだよ」
 
命の恩人は言い過ぎだし、英雄なんてものじゃない。そう言おうとするが言葉が出てこない。
 
「正直に言うとあのとき君に一目惚れしたの」
 
突然のカミングアウトに驚きが隠せない俺
 
「あ、え、そ、その」
 
「でも今の君は好きじゃない。正直少しがっかりもした」
 
「…」
 
「だけど君にも人間らしいところ…私と同じようなところがあって嬉しかった」
 
よく知らない女性に告白まがいの報告を受けている俺は状況がうまく飲み込めていない。
 
「嬉しかった…でもこれは"過去形"。いくら私が嬉しくてもやっぱり君自身の問題は君自身が乗り越えるべきだと思う」
 
「だから、手伝わせてほしい。君自身の問題を突破するのを」
 
そこまで言って彼女はこちらを見て、手を伸ばす。
 
俺は目を逸らすと、
 
「なぜ…なぜそこまでするのか俺にはよくわからない」
 
当たり前のことだと思う。突然現れたかつてのクラスメートが今の状況を打破するのを手伝ってくれるというのだから。
しかし、答えは単純だった。
 
「あなたが好きだから」
 
俺は夢でも見ているのだろうかと思った。そうだ俺はもう自殺に成功して理想の夢と言う名の幻想を見ているのだ。
しかし、夢だとするなら意識が覚醒しすぎていた。もっと言えば気分が少しばかり晴れていくような気がした。
 
「ありがとう…」
 
そう一言だけ言うと俺は泣いていた。
 
それからは少しずつではあるが事態は好転していった。学習の遅れ分もあったので彼女と一緒に卒業というわけにも行かなかったが最終的には卒業し、就職することもできた。
 
その経験があったからこそ"彼ら"をこのまま放置できないと考えたのだ。

後書きと言い訳

こんばんは、芥箱且狼です。
以前、完結編を後悔した際に、完結前のバージョンの小説を投稿するといいながら投稿していなかったので、ようやく投稿しました。
以前書いた小説、しかももう完結した小説に後書きを書くのも変な話ですし、わざわざ未完結版を載せるのも変な話だとは思うのですが、わざと未完結、というか以前の小説と比べることで自分がどれだけ成長したか、どれだけ上手い文章が書けるようになったか、はたまたどこがまだ下手くそなままか。がわかりやすいと思うのです。
というわけでこれからも時々は小説も書いていこうと思うので良ければご愛読をよろしくおねがいします。
 
おしまい。